面白かったです。確かに言語はどんどん変わりますね。韓国米人の例や源氏の物語とかの昔の作の例をよく分かりました。言葉と文化は同時に変わるに違いないと納得できました。ですから「ことばと文化は切り離せない」ってあっていると思います。
僕はよく人気の1500年代からのKing James Versionの聖書を読みます。(シェークスピアーの同じ時代)文法、表現と単語は現代の英語と異なることが殆どです。でも現代に使われる言葉も入っています。現代の英語力があれば1500年代の言葉も分かりえると思います。BeowulfとShakespeareの差は大体500年ですね。Shakespeareと現代までの差も約500年です。その2つの間には言葉の差は同じでしょうか?言葉が変わる割合はコンスタントでしょうか?
言葉は文化を象徴しているとしたら、言葉の一般の使い方が変わる割合で文化もその割合で変わっていると言えるでしょう。
例えこのようなサイトで新聞とかで使われている言葉の発数を計ります。新聞で使う各言葉の頻度数が年々に変わる割合を計ることができたらその割合は文化変化の割合を象徴するでしょう。
言葉と文化が変わる割合を計ることができたら日本とか中国とかヨーロッパとかの変わる割合を比べることができるとしたら面白いですね。
やはり言葉と文化の変化に対して色んな影響があるでしょう。日本の鎖国時代には外からの影響は少なかったので文化変化の割合は低かったかもしれません。でも大戦争後に文化変化の割合は高まったかもしれません。よくわかりませんが面白いですね。
他のテーマですけっどよく両親に言われたことは「社会はだめになっている。若者は目上の人に尊敬はない。」
社会は悪い方向に落ちることには文化変化も方向もあるというこでしょうか?
よい社会が望ましいことであればやはり使う言葉と言語の教育を注意しなくやいけないですね。
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