韓国語は日本語に似ていると聞いたことがありますがトルコ語のこ とはしらなかったです。
僕は高校生時代3年間フランス語を勉強しました。 フランス語で話そうとしたら会話になりませんが字は読めるし英語 に似ている言葉は沢山あるのでなんとなく分かります。
日本語を習うのはフランス語の学習と違う経験でした。
僕の高校ではスペイン語とフランス語とドイツ語のロマン語族のク ラスしかありませんでした。
しかし、意外と高校1年性で日本語クラスがありました。 人気は残念ながらなかったので10人くらいしかいなかったです。 次の年で日本語クラスは中止されたのです。 それからの3年間はフランス語のクラスに入りました。
僕は14歳でなぜ日本語クラスに入りたかったのかよく分かりませ ん。 記憶には日本語はロマン語族の言語と違ってユニークで雰囲気でか っこいいと思っていました。
19歳で宣教師で日本に行くことになりました。 僕の教会で指導者の方によって宣教師の行くところが決まります。 僕の友達には1人はフランス、1人はフィリピン、 1人はオーストラリア、もう一人はペルに行ったのです。 縁があるので僕は日本に行くことになったのです。
9週間で宣教師の訓練施設に行って日本語などを勉強しました。
訓練施設では世界中の数多くの国に行く宣教師は訓練を受けていま す。当時は50+言語の訓練を行っていました。 現在はより多い数になっているはずです。
ところで訓練していた間に日本国の指導者、 多分教育責任の方でしょう、が見学に来ました。 タッチャンはユータ州に行くことがあれば見学に行ってみてくださ い。
とにかく、訓練施設はとてもにぎやかで楽しかったです。 一生懸命日本語を覚えたい気持ちでいっぱいでした。
学習プログラムとして色々ありました。コンピュータ学習、 文法練習の歌、会話練習、暗記する文書。 そして皆は一日中できるだけ日本語で話すように言われました。
あの訓練は全部ローマ字でやりました。いつもひらがな、 カタカナ、 漢字などは日本に着くまで待ちましょうと言われました。 その方法はよかったと思います。
実際に日本に到着したら色々な言葉と文書を口で言うことはできま した。けっど言葉を聞き取るのが大変でした。 初めての住まいは高知県でしたし関西弁と土佐弁ばっかりでした。
やはり標準語しか知らなかったので標準語で話したけっど少しずつ 僕も地域の言葉で話すようになったと思います。
それからの日本語勉強は単語の勉強と会話練習と文書の暗記でした 。もちろん字も勉強しました。
2年間その活動をやってからアメリカに帰って普通の生活に戻りま した。
やり直すとしたらあまり変更しないと思います。
そして11年間の間アメリカであまり日本語を話す機会はなかった です。たまに日本語の復習をしましたけっど。
今回仕事で来日しました。
今回の勉強は前と違って漢字を中心して勉強しています。 宣教師の生活ではひらがなとカタカナは十分でしたけっど現在、 家族の世話と金融のことをしなくてはなりません。
幼稚園からの便りを読んで理解する必要があり病院のアンケットの 記入などの必要があります。 しかったなくて漢字を知る必要があります。
言語の勉強には基本的にあきらめないことは一番大切です。 勉強はつまらなくなったら勉強のやりかったを変更してつずくとよ ろしいと思います。
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